
原題:Annihilation
監督・脚本:アレックス・ガーランド
原作:ジェフ・ヴァンダミア著『サザーン・リーチ1 全滅領域』
出演:ナタリー・ポートマン、ジェニファー・ジェイソン・リー、テッサ・トンプソン、ほか
上映時間:1時間55分
公開年:2018年
『エクス・マキナ』のアレックス・ガーランド監督最新作。
本国では劇場公開されていましたが、日本ではNetflixスルーになった作品。
色んなジャンルの要素が混ざった不思議で面白い映画でしたが、ショッキングなグロシーンが2箇所ほどあるため、そういうのが苦手な人は注意。
原作は未読。
あらすじ
大学で教授をしている生物学者のレナ(ナタリー・ポートマン)のもとに、1年間も消息を絶っていた夫ケイン(オスカー・アイザック)が突然帰ってくる。
しかし、彼の様子がどこかおかしい。
突然血を吐いた夫を病院に搬送する途中で、2人は武装部隊に身柄を拘束されてしまう。
レナが連れてこられた研究施設の前には、謎の光”シマー”に包まれる領域が広がっていた。
ケインはその領域を調査する任務に従事した部隊の、たった一人の生き残りだったのだ。
レナはケインを助ける手がかりを得るため、調査部隊の一員として領域に脚を踏み込むことを決意する。
しかし領域内では、自然界の常識を超越した事態が待ち受けていた…という感じのお話。

ネタバレ無し感想
まず『エクス・マキナ』と本作を観て思ったのは、僕は監督アレックス・ガーランドとプロダクションデザインを手がけたマーク・ディグビーのビジョンが凄い好きだということ。
領域内は美しさと不気味さが同居する不思議空間で、この映画の独自性をきっちり打ち出すことに成功していると思います。
劇中でレナの台詞に「夢のような、悪夢のような、でも美しいものもあった」というのがありますが、まさにそんな感じ。

また、脚本、演技、演出も素晴らしいと思いました。
例えば、大学での同僚ダンとの会話だったり、帰ってきたケインとの会話だったり。
ちょっとした台詞、言いよどみが、後から考えてみれば、ああこの人はこう考えていたのか、と発見のあるシーンがたくさんあります。
序盤は謎の領域を探るなかで奇怪な物を目にするというアドベンチャー、中盤は脅威にさらされ次第に精神が蝕まれていくサバイバルホラー、そして終盤はエイリアン襲来SFと、ジャンルが領域同様にだんだんと変異していく独特の面白さがありました。

いろいろと謎の多い内容で、ラストがモヤモヤ~っと終わるのでかなり好き嫌いの分かれそうな印象を受けましたが、僕はすごい好きな映画でした。
観た後に、もしかしてあれはこういうことだったのかも、という考えがシマーの領域のようにジワジワと広がっていくような、不思議な感覚があります。
考察
考察というほどのことでもないですが、ちょっと気になった部分を自分なりに考えて書き出してみました。
ネタバレを含みますので、映画を観た後で。

レナ
本作の主人公。大学で教授をしている生物学者。
領域に入る前は、彼女の回想の内容は2人が幸せそうにしているもので、1年も消息を絶っていた夫を思い続けていた妻のように見えます。
しかし領域内に入ってからは、回想の内容がガラッと変わり、実はレナはケインを裏切っていたことが分かります。
レナの不貞が分かるのは領域に入ってからですが、大学でのダンとの会話で「ベッドルームを塗り変えるの」という台詞を言いよどんでいたり、「彼には借りがあった」「わたしのせいだったのね」という台詞(レナはケインが裏切られたせいで自殺のような任務に志願したと思っているようだ)があったりで、実は序盤から彼女の後悔、自責の念を匂わせるような上手い作りになっていました。
自責も自己破壊の一種だと思うので、あの領域には自己破壊の衝動を強める作用があるのかもしれません。
ケイン
1年前に任務に出たっきり連絡を絶ち、消息が分からなかったレナの夫。
灯台に残されていたビデオ映像から、実は本物のケインは精神が崩壊し、白リン弾で自害していたことが分かります。
領域から帰還したケインは、シマー細胞から生み出されたヒューマノイドがケインを模倣しているモノだったのです。
身なりが1年前に家を出たときと全く同じだったり、レナとの会話がどこか要領を得ないものだったのも、ケインの外見、記憶を模倣していたからだったんですね。
彼は昏睡状態になっていましたが、領域の消滅と同時に容態が安定しました。
これについてはよく分かりませんでした。
本来シマー細胞から生まれた生物は領域内でしか生きられないはずだった(そのため偽ケインは昏睡状態になった)が、領域が消滅したことで何らかの変化があったと考えるのが妥当でしょうか。
実は領域は消滅したのではなく、地球全体に広がったのかもしれません。
シマーの細胞
レナが領域内で入手したサンプルを顕微鏡で調べるシーンが2回あります。
1回目はワニ、2回目は自分の血液。
これらのシーンで、
- 領域内にいる生物はシマーから何らかの影響を受け、細胞が変異している
- 変異した細胞はがん細胞によく似ている
- 変異した細胞は独特の光を放っている
以上のことがわかります。
また、2週間分のレーションしかなかったのに4ヶ月も生き延びたことから、シマー細胞には不足した栄養を自己補完する機能があるのでしょう。
がん細胞に似ているということは、「細胞分裂回数の限界」という遺伝子の欠陥が無い、ということでもあると思います。
シマーとは結局なんだったのか
3年前に灯台に墜落し、それ以降光を発しながら広がり続けている領域。
このシマーは、目的もなくただ周りのものを模倣し、飲み込み、変異し、増殖していくエイリアン(的なもの)だった、ということが終盤に分かります。
まさに宿主を侵していくがん細胞です。
人類を滅ぼしたいとか惑星を征服したいとか、そういった敵意や目的が無く、ただただ増殖を続けて周りを侵食していくエイリアン、というのはそれはそれで恐ろしいと感じました。
ウロボロスの輪のタトゥー
取り調べを受けている現在のシーンでは、レナの前腕に無限記号のようなウロボロスの輪のタトゥーがあります。
注意深く観ていると、このタトゥーは元々レナの前腕にはなかったタトゥーだということが分かります。
また、アニャ(ジーナ・ロドリゲス)の前腕に全く同じタトゥーがあり、レナのタトゥーは、ワニと遭遇した後アザのようにぼんやりとした形で現れ、ラデックの死後にクッキリとした形になっています(アニャのタトゥーがはっきりと認識できるのがシェパード失踪後なので、元々アニャの前腕にもタトゥーはなかったのかもしれません)。
ウロボロスは「死と再生」「不老不死」「無限性」などの象徴なので、無限に細胞分裂を繰り返すことの出来るシマー細胞と一体になったレナ=分裂回数の限界という遺伝子の欠陥を修復した不老不死の存在、ということを表しているのかな、と思います。
また自分の尾を食べる=自己破壊のメタファーにもなっていると思います。
なぜレナの前腕にアニャと全く同じタトゥーが現れたのかはよく分かりません。
生還したレナは本物?
終盤、レナは灯台の中でシマーの模倣人形(ヒューマノイド)と対峙します。
模倣人形は白リン弾の発火をも模倣してしまったため、自らを焼き尽くし領域もろとも消滅しました。
なので、劇中で起こったことをそのまま受け取れば、生還したレナは本物のレナということになります。
しかし、劇中で起こっていることは、全てロマックス(ベネディクト・ウォン)に尋問されているときのレナの供述(回想)です。
レナの供述が正しいのか、現実に領域内で起こったことなのかどうかは、実際のところ分かりません。
領域に足を踏み入れてから4日間の記憶が消失したということでしたが、それはシマーが彼女らの中に入り込み、記憶などを認識し模倣するために必要な期間だったから、と考えることも出来ます。
模倣した人物についての基本的な情報や、思い出として強く刻まれていること以外は把握できないため、その4日間の記憶が抜け落ちているだけなのかもしれません。
ただ、シマーは目的のないエイリアンであり、独自の思考が出来る感じではなかったので、レナは本物なのだと思います。
しかし目的のないエイリアンという部分こそが嘘であり、生還したレナは偽物という可能性もあります。
そうなると、ラストで抱き合う2人はヒューマノイドであり、この映画は『エクスマキナ』と同様、人間とは見分けがつかない人間ではないモノが解き放たれた話となります(こう考えると後者の方が正しい気がしてくる)。
しかしレナが本物であっても、領域に入る前のレナとは細胞レベルでは全くの別人であると言えるでしょう。
作品のテーマ
表面的にはがん細胞や自己破壊といったのメタファーが散りばめられていますが、根本のテーマとしては「人間を人間たらしめるのは、体を構成している細胞ではなく、自らが思考することである」ということだと思いました。
これは監督の前作『エクス・マキナ』とも通じるような気がします。

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