
原題:Hereditary
監督・脚本:アリ・アスター
出演:トニ・コレット、ミリー・シャピロ、アレックス・ウォルフ、ほか
上映時間:2時間7分
批評家からの評価がめちゃ高くて前々から気になっていたホラー映画。
世間一般の評価はそんなに高くないけど(そもそもホラー映画って一般的にナメられやすいというか、低く評価されがちなジャンルなので)、個人的にはここ数年かなりの盛り上がりを見せているホラー映画の中でも屈指の名作であり、今年見た映画の中でもトップクラスの面白さだと思いました。
ネタバレ無しの感想です。
あらすじ
グラハム家の祖母・エレンが亡くなった。
娘のアニーは夫・スティーブン、高校生の息子・ピーター、そして人付き合いが苦手な娘・チャーリーと共に家族を亡くした哀しみを乗り越えようとする。
自分たちがエレンから忌まわしい“何か”を受け継いでいたことに気づかぬまま・・・。
やがて奇妙な出来事がグラハム家に頻発。
不思議な光が部屋を走る、誰かの話し声がする、暗闇に誰かの気配がする・・・。
祖母に溺愛されていたチャーリーは、彼女が遺した“何か”を感じているのか、不気味な表情で虚空を見つめ、次第に異常な行動を取り始める。まるで狂ったかのように・・・。
そして最悪な出来事が起こり、一家は修復不能なまでに崩壊。
そして想像を絶する恐怖が一家を襲う。
“受け継いだら死ぬ” 祖母が家族に遺したものは一体何なのか?

感想
ミニチュアハウスの部屋にカメラがグーッと寄っていったかと思うと、実際の部屋でスティーブンがピーターを起こしに来るシーンから始まる(予告にもあったシーン)。
冒頭のシーンから、何か分からんが面白い映画が始まったぞ…という雰囲気がものすごい漂ってきます。
全く違う空間or時間をワンカットでつなぐという演出がカッコいい(監督自身がかなり気に入っているみたいで、短編からよく使っている)。

エレンの娘アニーは、6ヶ月半後に迫った個展のためにミニチュアを作っている。
どんなミニチュアなのかというと、家族にまつわる印象に残った出来事、というかトラウマ的な出来事の数々をベースにしたもの。
どうも彼女は、ミニチュアを作って事実を客観視することで、トラウマと向き合っているようだ。
このミニチュアと、アニーが夫には黙って行っているグループセラピーでの独白、そしてセラピーで出会ったジョーンという女性との会話から、アニーと家族の過去が徐々に語られていきます。
回想シーンは一切ないので、こっちの想像を掻き立てるような作りになっているあたりがうまい(個人的に、ポンと事実を見せられるより、どういうことなんだ?と思わせてくれるほうが面白いし、不気味さも増すと思うので)。
「エレンが家族を操ろうとするため不干渉のルールを定め、ピーターに近づけないようにした」エレンはチャーリーに授乳したいと言うほど溺愛していたが、男の子になってほしいと言っていた」「アニーの父は餓死、兄は”母さんが僕の中に人を招き入れようとする”という遺書を残し自殺した」「アニーは夢遊病を患っていた」といった不穏な過去が次々と明らかになっていくものの、これらがどう繋がっているのかが見えてこないので怖い。
また、このミニチュアは、アニーの仕事であり精神安定剤的であり、過去を補完する役割というだけのものではなく、この映画全体を通してちゃんと意味があり驚かされました。
ときおりアニー達が暮らす家自体があたかもミニチュアのように映されるシーンがあるのですが、最後まで観るとどういうことなのかが分かるようになってて、うおぉ…ってなりました。

エレンの夫スティーブンは、セラピストをしている。
グラハム家のなかでは最も影が薄いけど、母を亡くしたアニーを気遣ったり、アニーとはなにか確執がありそうな息子ピーターを気遣ったりと、機能不全に陥りかけている家族をなんとか修復しようとしているいいお父さんといった感じ。
他の3人は怪奇的な現象に遭遇するのですが、この人物だけは最後までそういうことには縁がなかった(おそらくエレンの血を継いでいない赤の他人だからでしょう)。

長男である高校生のピーター。
悪友とマリファナを吸ったり、パーティーで酒を飲んだりしているっぽい普通の少年。
メンタルが削りに削られていく一番の被害者。
彼が家族の崩壊に繋がるある最悪の事件を起こしてしまうのですが、それに直面したときのリアクションが凄くよかったです。
泣きわめくとか、錯乱するとかではなく、なんと何事もなかったかのように静かに車を走らせ帰宅し寝るという。
実際に自分がああいう状況に陥ったら、見て見ぬ振りをしたい、なかったことにしたい、という心理が働いて彼と同じ行動を取ってしまう可能性は否定できないあたりがリアル。
過去に起きたある事件がきっかけで母アニーとの間に壁があるのですが、その壁をぶっ壊して2人が対峙する地獄の食卓シーンも最高でした。
家族に対して思っているけど口には出さないこと、ってのは多かれ少なかれ誰しも抱えていることだと思うし、あのシーンだけは2人とも真正面から真摯に互いに向き合っていたので。

内向的なピーターの妹チャーリー。
家の近くに立っているツリーハウスがお気に入りで、家族で唯一祖母と親しかったおばあちゃん子だった。
チョコレートに目がないが、ナッツ類のアレルギーをもっており、食べると喉が腫れて呼吸困難に陥ってしまう。
虚ろな目、平たい顔、高い鼻が強調されていてとても不気味な少女に見えるうえに、死んだ鳥の頭をちょん切って人形の頭部にするという実際不気味なキャラ。
舌で「コッ」という音を鳴らすのが癖(この「コッ」という音は後々超重要な意味を持ってきます)。
僕は鑑賞中、無性に舌を鳴らしたくなりました(なんというか、この状況でこれは絶対にやっちゃダメだなってときに、やってみたらどうなるだろうかと思ってしまうことってありませんか?)。

監督・脚本をつとめたアリ・アスター氏は、なんと劇場長編映画初監督だそうで。天才か。
調べてみたら7本の短編を撮っていたので、本作を観る前にYoutubeでチェックしてみましたが(見つけられたのは『The Strange Things About the Johnsons』『Beau』『Munchausen』の3本だけ)、どうもヤバい家族にまつわる話を撮るのが得意な人らしい。
本作でもその作家性が存分に発揮されていて、序盤からグラハム一家のギスギスしたホームドラマが展開されていきます。
前半部分はホームドラマだけでホラー要素はとくになし。
祖母がなくなったというのに家族が1人も悲しんでなさそうとか、アニーとピーターに妙な距離感があるとか、アニーの父と兄の死因が怖いとか、派手な見せ場は一切なく不穏な要素が積み重ねられていくだけなのに、めちゃくちゃ面白い。
怖いシーンは特にないのに、積み重ねられた要素がどう繋がるのか、話がどこへ向かっていくのか皆目見当がつかない、先の見えない不安による恐怖という感じ。
ある事件が起きてしまう中盤からは、ホラー的な要素といくつものヒントが散りばめられていき、そして終盤は序盤から緻密に張り巡らされてきた数々の要素がつながり、一気に収束して終りを迎えます。
終盤は分かりやすくホラーなシーンが展開されていって、見た目的には一番面白い部分。
あの台詞にはあこういう意味があったのかとか、あのシーンはそういうことだったのか、とあらゆるシーンに意味があったことが分かり舌を巻きました。
首根っこを掴まれて引きずり込まれてしまうような、どこへ連れて行かれるんだ…という先の見えない不安感と、家族間のギスギスした感じと、ホラー要素の恐怖感がごった煮になった、最初から最後まで一分たりとも面白くない部分がない、最高の映画でした。
アリ・アスター氏の次回作は、『呪われた死霊館』のフローレンス・ピューや『グッドプレイス』のウィリアム・ジャクソン・ハーパー、『デトロイト』のウィル・ポールターらが出演する『Midsommar』(アメリカでは19年8月公開予定)。
今から楽しみです!
コメント