『X-MEN:ダーク・フェニックス』終盤のアクションだけは妙に良いシリーズ完結編 ネタバレなし感想

『X-MEN:ダーク・フェニックス』を観てきたので、感想を書き綴っていきます。
ネタバレはなし。

本作は、X-MENシリーズの7作目(スピンオフを含めたら12作目)にして、FOXが手がけるX-MENシリーズ最後の作品。

シリーズの脚本や製作に携わってきたサイモン・キンバーグの長編映画初監督作品。
彼は『ファイナル・ディシジョン』の脚本にも関わっているので、よっぽどDPサーガに思い入れがあるようだ(その思い入れの強さが面白さに反映されていないのが残念だけど)。

X-MENシリーズは、プリクエル/ソフトリブートによって時系列や設定がごちゃーっとしていてちょっと分かりにくい。
本作は、『ファースト・ジェネレーション』から始まったプリクエル/ソフトリブート版の完結編という位置づけ。
『ファースト』からのシリーズは、最初の『X-MEN』~『ファイナル・ディシジョン』の3作(+ウルヴァリン2作)とはキャラや設定が異なっていて話が微妙に繋がってないので、名前が同じなだけの別シリーズとして見たほうがいい。
本作のラストから『フューチャー&パスト』のラスト(ローガンが過去改変に成功し目覚めた後の未来)に繋がるはずなのに実際には繋がっておらず、そのへんがどうなっているのかは謎。
ちなみに本作ではプロフェッサーXとマグニートーは60代のはずだけど、どこからどう見てもアラフォーにしか見えない。という野暮なツッコミはしてはいけない。

本作は前評判で叩かれまくっていて、シリーズワーストなんて声もちらほら聞いていたし、アメリカではビックリするくらいコケた。
前作『アポカリプス』より更に酷いのか…と思ってハードルをめちゃくちゃ下げて観に行ったら、想定していたよりは面白かった。
引くほどつまらなかった『アポカリプス』よりはだいぶマシだと思う。

太陽フレアの直撃で航行不能になったスペースシャトルに閉じ込められたNASAクルーを救うため、X-MENが宇宙に飛び立つ、というのが本作の始まり。
ミスティークをリーダーとして、X-MENがチームプレイで多くの命を救ってきたであろうこと。
X-MENが大衆からヒーローとして認められていて、大統領から信頼されるまでになっていること。
プロフェッサーXは、人類とミュータントの共存関係は1つの些細なミスで崩壊すると考え、守るべき同胞の命を軽んじるようになってしまっていること。
といったことがテンポよくきちんと描かれていたので、序盤は「あれ?ちゃんと面白いじゃん」と思った。

X-MENが認められていると書いたけど、『アポカリプス』ではミュータントのせいで大勢の人が死んだはずなのに、10年足らずでX-MENがヒーローとして認められ、人類とミュータントが共存関係を築いているというのには違和感がある。
また、ペンタゴンから脱獄し、スタジアムとセンチネルを操ってアメリカ政府を脅迫し、アポカリプスにそそのかされて大量殺戮を犯したマグニートーが無罪放免され、あまつさえ土地をもらっているというのにもかなり違和感がある。
さらには、マグニートーの件はあっさり許してるのに、ジーンがパトカーを3台ひっくり返しただけで人類が速攻で手のひらを返して、それまでの共存関係がいきなり終わるってのも違和感がある。
このように人類との共存関係に関して違和感がありまくりなので、なかなか映画に入り込めない。

終盤を除けばアクションシーンはかなり残念な感じで、特に中盤にある街中でのアクションシーンは、ホントに酷いとしか言いようがない。
「通りを渡ってジーンのいる建物に突入する」という簡潔な舞台設定のはずなのに、無駄に跳ね回るビースト、髪の毛を振り回すだけのヤツに苦戦するストーム、周りへの被害も考えずビームを撃ちまくるサイク、なぜか地下鉄をズボーッってやるマグニートー。
そしてそれらをただ傍観するプロフェッサーX。
人間との共存関係は脆いから気をつけなきゃ!って前提は一体どこにいったのだろうか。

そう言えば、今回はクイックシルバーのおもしろ活躍シーンが無かった。
OPキャラだからか、大怪我を負ってアッサリ退場しちゃったのは非常に残念。

終盤の列車でのアクションシーンは、これまでのショボいものから一転、かなり出来がいいものになっていた。
ここだけ別の人が撮ったんじゃないか?と思うぐらい。
スピンオフを除いて、X-MENシリーズでアクションがかっこよかったのは『フューチャー&パスト』の未来編ぐらいだったことを考えれば、もっと評価されていいと思う。
とにかく、このシーンではX-MENの強さが存分に発揮されていてすごくよかった(欲を言えば個人戦じゃなくてもっとチームプレイが見たかったけど)。
特にマグニートーのカッコよさが過去最高。
これまではアクションシーンがパッとしなかったマグニートーだけど、列車では能力の使い方から手の動きまで全てがカッコよすぎた(ただ、銃が効かないラスボス相手に全銃器フルバーストはダサかった)。
ファスベンダーのマグニートーがこれで見納めかと思うと、すごく悲しい。
どうやらこの列車シーンは元々の脚本にはなくて、本来の展開は大きく異なるものだった模様。再撮影してよかったね。

本作ではエイリアン(ドゥバリ帝国人)がヴィランとして登場するけど、必要性をほぼ感じられないまま終盤の対決を迎えてしまう。
これではジェシカ・チャステインの無駄使いだ。
原作でもドゥバリはフェニックスフォースによって故郷が滅びた種族として出てきたけど、この映画においてヴィランとして重要な役割を果たせていたとは思えない。
ジーン以外のキャラはドゥバリと一切個人的な因縁がないし、そもそも正体すら知らない。
これでは、いくらクライマックスバトルが良く出来ていても盛り上がりようがない。
X-MENが遠慮なく能力をぶつけてぶち殺してもいい相手として用意したんだろうな…って感じの敵でしかない。
アメコミ映画におけるワーストヴィランと言ってもいいんじゃないだろうか。

人類との共存関係を保つのに必死で守るべき同胞の命を軽んじるようになったプロフェッサーX、制御できないパワーに悩みプロフェッサーの嘘を許せず闇堕ちしてしまうジーン、フェニックスフォースを使って地球を新たな故郷としたいエイリアン、といった各キャラの物語が、しっかりとしたプロセスを経ずにぼんやりとなあなあな形で解消されてしまうので、カタルシスに欠ける。
ある一件をきっかけにプロフェッサーと対立することになったビーストとマグニートーは、なんとなくで和解・協力する形になっているし、プロフェッサーとジーンの和解も驚くほど拍子抜けするものだった。

決着が着いた後、エピローグをグダグダやらずにサクッと終わらせたのはよかったけど、結局この一件で人類との共存関係がどうなったかが全く描かれないのはどうかと思った。

本作が叩かれてるのは、「20年近く続いたX-MENシリーズのフィナーレにふさわしくない」ってところなんだろう。
確かに本作には『エンドゲーム』のような”集大成感”、”1つの時代の終わり感”は全くと言っていいほど感じられなかった。どころか、「癇癪持ちのやつが超パワーを手に入れたらヤバい」という完結編にしてはショボい話だった。
多分、作ってるときはこれで終わりにする予定じゃなかったんだと思う。

本作でFOXによるX-MENシリーズはおしまいで、今後はMCUに吸収合併されるらしい。
延期に延期を重ねて2020年の公開が予定されているホラーテイストの『The New Mutants』は面白そうだし、『X-Force』や『X-23』などのスピンオフの製作も発表されているので、今後の展開には期待して良いのだろうか。

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